「見てごらん」

No.56 新美南吉・002 『花』

 明るく美しい春が来ました。あらゆる生き物に彩られた花畑に出かけて行った新美は司書のためにおみやげを用意しました。
 陽の光をたっぷりと浴びた黄色い山吹草を少々、春の陽気さにあてられて淡い桃色に染まった芝桜をひとつまみ。あとは隠し味に日向ぼっこをしていたショウリョウバッタをポケットに忍ばせて、司書へのおみやげは完成しました。
 今日行った花畑から帝國図書館は随分と離れています。図書館は都会の中にありますので、山や原っぱなど自然に囲まれた場所まで行くのに時間や体力を消耗されますが、その分楽しみは増していきます。帰り道だって今や生家のように感じられる図書館に戻れると思うと、帰りの電車の中で安心してぐっすりと眠れます。
 ようやく電車から降りて、小泉や小川と一緒に真っ直ぐに帰路を進みますと図書館のエントランスでは司書が迎えに来てくれました。新美は元気よく司書の元へ駆け寄り、ポケットからおみやげを出しました。ちょっとだけ花がしおれています。きっと、暗くて狭い場所に入れられたショウリョウバッタを守る為にクッションの代わりになってくれたから所々傷んでしまったのでしょう。それでも彼女はその花を見て、春の明るい美しさを感じ、微笑みました。
「ただいま、司書さん。見て、見てごらん。今日行ったお花畑で取ってきたんだよ。司書さんにあげる」
 新美は司書に抱き着きながら手にした花を彼女のポケットに入れました。ありがとうと笑みをこぼす司書には内緒で、彼はこっそりとショウリョウバッタも隠しました。上手に隠せたので司書には気づかれませんでした。
 この後、司書がポケットから花を出す時にバッタも出てきてびっくりするだろうなあと新美はそんなことを想像しながらにやにやしました。あまりにもにやつくので、司書はどうしたのか聞いてみましたが「内緒だよ」と唇に指を当てます。
 新美はまたニコニコと笑って、たとえバッタに驚いても司書は優しいから潰したり叩いたりしないで、一緒にお花を見てくれるだろうと温かな幸せに頬を染めるのでした。

 『花』(一部抜粋)

 彼女達が持って来た花と
 それといっしょにもって来た
 美しいもので
 今朝のここはこんなに
 明るい
 私は教室にはいりかけて
 思わずほゝえんだ
 思わずほゝえんだ



 引用:『花をうかべて-新美南吉詩集』新美南吉・北川幸比古著 岩崎書店
 掲載日:2021年05月30日
 文字数:843字

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