かぼちゃで作られたランプのほのかな光や寂れて破れた蜘蛛の巣、そして毒々しい紫の煙を燻らせる大釜がハロウィーンのおどろおどろしさを醸し出している中、館内の本棚の影から楽し気な声が聞こえました。司書が本棚からこっそりと顔を出しますと、そこには四人の子どもたちが北村と戯れていました。北村の、黒蝶を思わせるような黒い羽根の付いた女物の装いを見て、子どもたちは可愛いね、可愛いねと褒めています。他人を褒めることが得意な彼は褒められることには慣れていないので、可愛いと言われる度に恥ずかしさに身をよじっています。それに困ったような素振りもしていますので、司書は助けに行こうとその場に現れました。
ハッピーハロウィーンと声を上げて現れた司書に、新美がいち早く驚きました。鈴木が魔女の姿に扮した彼女にびっくりした子どもたちをかばうように前に出ます。司書は魔女がいきなり現れて怖かったかと尋ねましたが、「司書さんだから怖くない」と子どもたちは笑って声を揃えて答えました。北村の隣に立ってにこにことしている司書の姿が、普段と変わらなかったので子どもたちは安心しました。
「司書さんも怖くないって言われちゃったね」
北村は彼女の腕を組んではにかみました。彼は子どもたちに自分は蝶のお化けだと言って怖がらせましたが駄目だったと話します。それどころか、蝶の羽が異国の妖精に見えて愛らしいと戯れてくるのだと大変困ったような顔をしました。先ほどから腕を組んで身を寄せているのも、司書に助けを求めているからなのでしょう。実は北村は子どもが苦手で、偶然遭遇した彼らに脅かして逃げ去ってもらうとしましたが、彼の格好に子どもたちは釘付けになってしまいました。
「透谷さん、妖精さんみたいで可愛いね」そうお互いの顔を見合って微笑む子どもたちに向かって、司書はバタフライエフェクトを知っているかと聞きました。北村も含め皆一様に首を傾げましたので、彼女はそれについて易しく説明をしました。
蝶々が羽ばたくとわずかな微風を吹きますが、羽ばたけば羽ばたくほどにその風がどんどん大きくなり、やがて嵐になります。ちょっとした出来事が、やがては大きな出来事に変わっていく、これがバタフライエフェクトであると彼女の話を聞いて、賢い子どもたちは関心しました。大人みたいに聡い小川は「なんでその話をしたの?」と不思議そうに尋ねました。
待ってましたと言わんばかりに司書は北村を自分の身体に寄せて、この黒蝶は嵐を起こす力があるだけではなく、未来にもその大きな出来事を起こす恐ろしい力を秘めていると声をひそめて言いました。素直な新美と宮沢は彼女の言葉を信じて真剣に聞いていましたが、まだ疑っている小川と鈴木はどんな力があるのか見せてよと眉をひそめます。北村は自分にそのような力を持った覚えはないと慌てふためきますが、司書の腕から伝わる温かな信頼にただ身を委ねるのでした。
蝶はどこへ行く、ひらひらと舞い行くは夢とまことの中間なりと司書が詠いました。よく聞けば、その詩は北村が書いたものであり、思い出した彼は一緒に詠いました。
最初は子どもたちの前で緊張して声が震えて、ちゃんと詩を詠うことができませんでした。暗闇の中に逃げるように目を閉じますと、秋の野をひらひらと舞う蝶の姿が瞼の裏に浮かびあがり、彼の周りを飛び回っているような夢かうつつかを見ました。やがて、司書の声の調子に合わせるようになり、目を開き自信を持って高らかに詠いました。
彼の自信や希望に満ち溢れた瞳には夢から飛び出した蝶の姿が映っています。ひらひらと、迷いに迷い込んで、宿となる花を求めて飛ぶ蝶に慈悲の眼差しを向けました、二人の片腕が詩に合わせて上へ下へと揺れるさまは、まるで片羽の蝶が寄り添うように羽ばたいているように見えました。
