何故かと聞きますと、今の司書をどのように見てくれるか話してくれると答えてくれました。北原のおっとりとした足取りで食堂でご飯を食べた後に、司書は言われた通り補修室にいる森に聞いてみました。最初は身体の具合が悪いのかと問診されるところでしたが、北原に話した夢の話をもう一度語りますと彼は何か思い出したように微笑みました。
「なるほど、そういことか。貴方も、狼でも兎でもない。きっと象の子なんだろうな」
夢にあったことを本当のことのように受け取ってくれる彼の慈愛に、司書は恥ずかしながらも嬉しくなりました。貴方もと言われたので、他にも象の子になった人がいるのかと尋ねますと、貴方は賢いからすぐに分かるだろうと教えてくれませんでした。ですが、賢いと言われて鼻が高くなった司書は、自分なら同じ象の子を見つけられると自信に満ち溢れました。
夏の空に秋の季節を告げる鱗雲が浮かんでいます。それでも相変わらず太陽は暑い日差しを青空からかんかんと照らしています。その太陽の下で、北原は中庭のベンチの上でおやつの果物を食べていました。みかんに似てオレンジのようなさわやかな香りがする柔らかな果肉を頬張っています。実に美味しそうに食べていますので、司書がそんな幸せそうな彼のところにやってきました。
「君が買ってくれた果物、美味しいね。また居眠りしたら買ってくれないかい」と冗談交じりに言う北原と一緒に笑いました。司書は彼の隣に腰を下ろすと、この前の夢の話を森にも話したと言いました。「君も象の子って言われたかい」と果実の甘さに思わず舌を滑らした彼に、彼女はおやと驚きました。まさかここで自分と同じ象の子に会えるとは思ってもいませんでした。
北原に象の子かと尋ねますと、美味しい果物の幸福にぼんやりとしていた彼はびっくりして固まってしまいました。やがて、「そうだよ」と可笑しそうに肩を震わせました。
「恥ずかしいね。夢の中の話なのに、僕は本当に象の子になった気分でいて、面白くなって鴎外さんに話したのだよ。あの小父さまは寝坊助にも優しい、とても良い人だろ」
やおら頷いて聞いていますと、司書はちょっとした好奇心を持ちました。もし象の子なら、心臓の鼓動は人間よりも少し遅いのだろうと彼女は自分の胸に手を当てて鼓動に耳を傍立てますが、よく聞こえませんでした。
北原に心臓の鼓動の話をしますと、「なら聞いてみるかい」と彼は自分の胸に指を添えました。司書も手を当てて彼の鼓動を聞こうとしましたが、手よりももっと聞こえるところがあるだろうとまた悪戯好きな子どもみたいに笑いました。
「僕たちは象の子なんだ。人間よりもよく聞こえる身体を持っているのを忘れてしまっては困るよ」
耳かと彼女は閃きますも、北原の胸に耳を当てる自分の姿を想像したら急に恥ずかしくなりました。そんなことして良いのかとやや期待して尋ねましたら、彼は焦っていながらも顔がにやけている司書をじっくりと眺めます。充分に見つめてから「良いよ、さあおいで」と幼子を抱く安らかな母のような眼差しをしました。
そんな優しい瞳をしてくれたので、司書は照れも焦りも拭って気持ちよさそうに彼の胸に飛び込みました。彼の鼓動に耳を澄ますと、やはり人間よりもちょっと遅く鳴っていました。とく、とく、とく、とゆっくりとした音が眠気を誘います。
「こんなところで寝てしまうのかい。のんきなものだね」
暖かな太陽の下では誰でものんきになると司書は寝言のように言いました。「そうだね」と彼は寝てしまいそうな彼女の身体をふわりと抱きしめて、背中をさすりました。
「ちょっと暑すぎるけれどこんなにも暖かな太陽の下にいたら、誰も彼も象の子だってのんきになるものだ」
本当は太陽の暖かさよりも、北原のゆったりとした心臓の鼓動が心地よくて眠くなったのです。彼女の耳を通って、穏やかな熱が肌をじんわりと温め、身体を巡る血潮がぽかぽかと流れていくのを感じ、夢の中にいるような気分でした。
「僕の心臓の音は象の子みたいに聞こえるかい」
うつらうつらと頷いた司書はそのまま寝てしまいました。北原はおやおやと困ってしまいましたが、これでまた果物を買ってくれる都合ができたと悪戯に笑いました。そうして、もう一度自分の書いた詩のように寝てくれた彼女を優しく撫でながら詠いました。
わたしや象の子おつとりおつとりしてた。
何か知らぬがゆつくらゆつくらしてた。
お眼々ふさいでうつとりうつとりしてた。
お鼻ふりふりゆうらりゆうらりしてた。
何處か知らぬがのつそりのつそりしてた。
いつか知らぬがとうろりとうろりしてた。
何もしもせずぼんやりぼんやりしてた。
司書さんや
おまんまだよ。
参考文献・引用:『復刻絵本えばなし集[48]象の子』北原白秋著 岡本帰一画 ほるぷ出版 1978年発行
掲載日:2021年11月18日
文字数:3410字
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