晩秋の寒さを紅に煌めく夕陽で彩る時分に、森は図書館の中庭にいました。補修室には中庭に通ずる大きな窓があり、彼はそこで普段の仕事の疲れを庭に咲く草木や花々を見て癒されています。
補修室から見える草花は彼が育てていて、転生した当初から今までずっと大事にお世話していますので、それはもう見事な庭が出来上がっていました。四季折々の風が窓辺の患者たちに花々の香りを届けて病む心を癒し、草木が運ぶ涼しき風は傷ついた文豪たちの肌を優しく撫でてくれます。怪我などで気分を崩してない時でも、森の作った庭を見たさにたくさんの文豪や職員が補修室に訪れます。
司書もその一人で、仕事がようやく片付いた夕暮れ時に、中庭に通ずる窓をくぐって草花が生み出した甘くて涼しい空気を胸いっぱいに吸い込みました。
彼女が森の姿を認めると、軽い足取りで彼に近づきました。彼と目が合いますと、にこやかに傍に寄って中庭に咲く花々を眺めました。あの鶏頭は日によく当たっていて温かそうですねと指をさす司書の視線に合わせて彼は身を屈めました。柔らかい炎みたいだと恥ずかしそうに言う司書に、森は真面目な顔つきで彼女の例えに頷きました。
「あの紅に咲く鶏頭は俺も気に入っている。貴方にも気に入ってくれて良かった」と口元を柔らかくしました。
すっかり気を良くした司書があの花もあの草木も良いと指をさして褒める度に、森も彼女の視線の先を辿って一緒に見てくれました。順々に巡っていき、この庭に植えられたすべての植物を気に入った彼女に彼は思わず肩を震わせて笑いました。
「実に嬉しそうだ。この庭を治した甲斐があって嬉しいよ」
司書は森を笑わせたことに喜びつつも、彼の瞳からはしゃぎ回る幼子を見守るような慈悲を見つけて、頬を赤くして照れました。痒くもないのに、真っ赤な頬を指で擦って恥じらいを誤魔化しますが、擦れば擦るほど頬は紅潮します。照れる彼女を充分眺めた彼は自分の治した庭に目をやり、次はどんな植物を植えようか未来に花を咲かせながら考え始めました。
そんな考え事をしている森を司書が見つめていますと、微笑で柔らかくなった彼の頬にやや赤みを帯びていました。西に傾く紅い夕陽に照らされたからそう見えたのでしょう。
ふと彼女は彼の著書にあった登場人物の体温を描写する一文を思い出しました。彼にも人となりの温もりがあったのかと森に言いましたら、「人をまるで冷淡のように見ていたんだな」と今度は苦笑されました。
森と談笑をしても、彼が何か冗談を言ったり、熱中して語ったりしても姿勢や表情を崩さずにいますので、胸の内では熱いものが沸き上がっても顔には出てこない体質なのだろうと見る者は少なくありません。血の気が無いように見えるので能面のような不気味な恐ろしさがありますが、清らかな白い石像のような美しさもありました。
ただ、このような顔の蒼さは森以外にも図書館に転生した文豪たち皆に言えることであります。人間とはちょっと異なった形で生まれた文豪の身体はほとんど洋墨でできていますので、肌から見える血の色や体温も人間とは違うのです。青白く見える血管をよく見れば、黒ずんでいますし、肌からは温もりもあまり感じず、どちらかというと冷たさを感じます。
文豪たちは歯車によって自分の身体を温めていますので多少なりと温かさを感じますが、それでも血を通わせた人間と比べるとやや冷めたいです。具体的に言いますと、人間の平均体温が35℃に対して、文豪たちは34℃が限界です。司書たちのような血潮が流れる人間と触れることで、文豪たちはようやく人肌の温もりを得られるのです。
