「ありがとう。貴方が紹介してくれたお菓子を彼に渡したら、大層喜んで食べてくれた」
森はバレンタインの日にある文豪から日ごろの感謝を込めたお菓子を貰いました。ホワイトデーにお返しの品を考えましたが、どうしても森のお気に入りであるあんぱんしか思いつきませんでした。
さすがに自身のお気に入りの品ばかりあげるのは相手にとって可哀そうだろうと思い、司書に相談をしました。司書は舌の肥えた文豪たちに囲まれたおかげで、誰よりも美味しい食べ物を舌の上やお腹の中で覚えていました。
マカロンはどうかと言われました。どうしてマカロンなのかと森が司書に尋ねますと、柔らかなメレンゲを使った繊細な調理を求められ、しかも見た目にまでこだわった色鮮やかで上品なお菓子は、美食家の多い文豪たちなら一瞬にして瞳もお腹も虜になると自信たっぷりに紹介してくれました。
本当に美味しそうに紹介してくれましたので、森も食べてみたくなり、早速司書が勧めてくれたマカロンを街の洋菓子屋で買いました。ついでに自分の分も二つ買いました。一つは森が好きそうな甘い果物の酸味と甘みがあるものを、そして二つ目は司書が気に入ってるという花の香りをチョコレートで包み込んだものです。
今年もホワイトデーを理由に、バレンタインのお礼は勿論、いつもたくさんの贈り物を送ってくれる人々に感謝を込めて料理やプレゼントを用意したパーティーが図書館内の一室で開かれました。
森はバレンタインのお礼を相手に贈って、早速司書にお話しました。司書もバレンタインの日に新美たちからお菓子を貰ったのでそのお返しをしたところです。二人はお互いに何を渡したか話していますと、ふと司書は会場の皆を眺めます。彼女に倣って森も辺りを見回したら、初めて参加した人は照れながら相手に贈り物を渡したり、もう四年もホワイトデーの習慣に慣れた人は気さくに相手にプレゼントを贈ったりしていました。
「このホワイトデーという文化は本当に粋なものだ。感謝という意味を改めて教えられたよ。特に俺たち文豪は大勢の人に支えられて、100年も200年も作品を読まれ続けているのだと実感した。ありがとう、貴方のおかげだ」
司書は首を傾げて聞いていました。どうも、森に話しかけられるまでぼうっと人々の様子を眺めていたようです。彼の話を最後まで聞いて、ようやく自分のしたことが転生した文豪たちにとってはとても大きな出来事であったと気づいたようです。
四年前、バレンタインの日にチョコレートを贈るという日本の現代文化に慣れていた司書は、図書館の中でも当たり前のように文豪たちにお菓子を贈りました。お返しよりも文豪たちが現代の行事文化に慣れ親しんでくれればいいと司書は願っていました。
その願いがどうやら文豪たちにも通じたようで、ホワイトデーの文化を誰からか教わったらしく、クマのぬいぐるみをお返しに用意しました。彼女の仕事机の上にちょこんと座ったぬいぐるみは、司書の中で今も印象に強く残っています。
春の訪れのように雪の下から花を咲かせたフキノトウを偶然にも見つけたような、そんな幸福を五年経った今も覚えています。結局ぬいぐるみを置いた人は誰かなのか分かりませんでした。添えられた手紙には文豪たちのお礼が書かれていましたが、末尾には代筆 館長と書いてありました。きっと館長が文豪たちに気をきかして置いたのでしょう。それに司書はおそらく文豪皆が自分の為に贈り物を考えただろうと優しい妄想をしました。
文豪の皆から貰ったから、ミナと名付けられたクマのぬいぐるみは司書の近くにある椅子の上に座っていました。ホワイトデーのパーティーが開かれる度に、ミナも招待しています。自慢の贈り物を新しく転生した文豪たちに見せびらかせているのです。そして、ホワイトデーの思い出の品として文豪たちに感謝を込めてぬいぐるみの毛皮を触らせてあげています。皆から貰ったぬいぐるみは今も図書館にいる皆から愛されているということを司書は伝えたかったのです。今回初めてパーティーに参加したゲーテも「とても可愛らしいですね」とミナを撫でてくれました。
司書がミナを抱えた途端、森はその抱き上げた姿を見て微笑みました。
「そういえば、貴方がそのぬいぐるみを貰った日に膝の上に載せて一緒に仕事をしていたな。司書室に入ってその光景を見た時は思わず笑ってしまった。貴方はミナ君を抱っこしていれば寒い日も安心と言っていたが、贈り物を貰って本当に嬉しくて仕方なかったのだな。実に微笑ましかった」
そんなことを今も覚えていたのかと司書は恥じらって驚きます。彼女は今の今まで森が語った思い出を忘れていました。それからと森は続けて、
「仕事の合間に頭を撫でていたな。あとは休憩にミナ君の分のおやつも用意して、しばらく経ってから当時助手をしていた相手にあげていた。俺も貰ったことがある。時には貴方が食べていたこともあったか」
と話の合間に、ははっと笑い声を上げて思い出を語りました。本当に本当によく覚えていると聞いている途中から、司書は照れて真っ赤になった顔を暑さのせいだと信じてもらう為に手であおぎました。身体を動かしたので余計に暑くなって頬がどんどん火照っています。
