PG12-性的話題・言動有り。
「人肌の先には、母の温もりがありましょう。貴方と一緒に寝たら覚えられると思うのです。母の面影を求めて女を抱く、そんな感情を」
だから一緒に寝てくださいと、川端は改めて司書に向かって頭を下げました。これが本当の子どもだったら、なんてよそよそしいお願いなのでしょう。司書は頷くにも気が引けたようです。相手をよく見れば、ひとりの青年なのです。子どもでも何者でもない、彼女の転生の錬成陣から生まれた魂の具現にすぎません。
「……本当は、雀に生まれ変わりたかったのですけれど…………」
彼はそう独り言ちに悲しみました。行灯の電球に照らされた川端は、相変わらず人とは思えないほどに白かったです。髪も肌も爪の先までも血の気のない不気味さに、思わず明かりを消して暗闇に隠したくなります。
司書は恐る恐ると彼の手を触ってみました。その手は、随分と柔らかくそのまま握っていると肌の下に沈んでしまいそうです。
若い芽を育てたいと懸命に努力した血と汗が彼の手を優しく柔らかにしたのでしょう。触っていくたびに、ふさふさとした白い翼の中に埋もれていくような、そんな安らぎを感じます。同時にこのまま埋もれていけば、もう二度と戻ってこれない恐怖も覚えます。川端の手のひらに触れると、手汗が油のようにぬるりと司書の指先にくっつきました。
緊張しているのかと川端に尋ねましたが、彼からの返事はありません。川端は自分に聞かれたと思っていないらしく、無言のまま繋がれた手をずっと眺めていました。
司書は彼の返事を待っている間、彼の手のひらの上に指先を当てていました。指に付いた汗を拭おうと手のひらを触っていましたら、突然川端の口から笑い声が漏れました。彼の右手にある親指から小指の付け根まで、彼女が指先で辿っていきますと川端はくすぐったそうに笑います。
「はい、……緊張しています」
ようやく彼の表情が和らぎました。司書の自室に入ってから、今までずっと彼は無表情だったのです。彼女に触れられたおかげか、寝心地に浸ったかのように彼の中の何かがやっと落ち着きました。
「……すみません。この世に戻ってから、女の人と寝るのは今日が初めてです。――他の皆さんは、どう過ごされてきたのでしょうか。命を宿した魂が、最初に得られるはずの母の温もりを感じないまま、今の今まで、どうやって性を覚えた身体を慰めてきたのでしょう……」
司書は答えられませんでした。転生した皆が、身も心も触れ合える存在と出会って愛し合っているだろうと願っています。しかし、願いだけでは彼らの性を全うすることはできません。彼らの子宮の代用である錬成陣を作った自分が、代理の母親として最後まできちんと面倒を見なくてはならない、そう使命に駆られています。
新美や宮沢のように子どもの姿で生まれ変わった文豪たちとは、親子のような関係を築き、時には寝食を共にしたり、お風呂にも一緒に入ったりします。幼い彼らの甘えに応えられて、司書は母親役を務められて充実した気持ちになるのです。
しかし、今目の前にいる共寝をしたい人間は青年です。雪のように透き通る髪の白さから老人にも見間違えます。そんな老いも若きにもなってしまう青年が、母親に好かれようと必死でいるのです。どんな母親だったかと訊ねても、川端は子どもを大事にしてくれるような人としか答えてくれませんでした。
転生した時から既に性を覚えた青年は、その性を自分の物にしようと静かに奮闘していました。この世に魂を持って家族も生母もいない孤独な川端は、前世よりも更に人の手に触れられる機会を得られぬまま、どう死んでいこうかと未来を睨みます。
「一緒に横になるだけで……、横になるだけで良いのです。私が怖いのなら、睡眠薬でも飲みましょう。死体のように、寝ていますから…………」
司書は苦笑しました。眠れる少女と添い寝できる民宿の話みたいだなと、笑って彼の自虐を慰めようとします。自分も川端も眠れる乙女たちではないだろうと、睡眠薬を飲もうとする彼を制止しました。
「では、……何と例えたら、良いのでしょうか」
川端が首を傾げました。長い前髪が横に流れて、左目の琥珀色がきらりと輝きます。とうとう、子どものように甘えられるほどに彼の緊張の糸が解けました。
家族だと司書は答えました。別に人でなくても良い、川端の好きな犬でも良い、生まれ変わりたかった雀でも良い。貴方と同じものの家族になって寝ましょうと、彼女は布団の上に横になりました。
川端もつられて寝転がります。ややぎごちない動きをしていました。母の行動を真似る幼子みたいで可愛らしい、そんなことを思いながら、司書は彼の肩を撫でました。まだ強張っていた肩は、彼女に触れられていく度に、徐々になだらかになっていきます。
