「私が何か物を食べていると、貴様は随分と嬉しそうにするな。まるで子に食事を与えた母親のように」
実際にそうかもしれないと司書はポーと一緒に食事をすることを楽しみにしていると語りました。誰かと一緒に同じ食事をすることは、身体の中から一緒に居られる感覚になると言います。特に大勢で食卓を囲むことを訝しく思っているポーとご飯やお菓子を一緒に食べられて、もっと親しい仲になれたと嬉しそうに話しました。彼は元々好き嫌いをしない性分なのでしょう。日本食も好んで箸を進めますので、もっと様々な食べ物を与えて食事を楽しんでほしくて、今回も猫のチョコレートを彼に渡したくなったのです。
ポーは彼女の話を聞いて、きっと可愛いぐらい食べたい物も身体の中から、果ては魂の中から一緒に居たいほどに愛おしいのだろうと自身のお腹を眺めました。チョコレートの猫も胃液に溶かされて養分となって消えた訳ではなく、彼女の中では魂となって一緒に生きているのでしょう。
では彼の中に入っていった猫はどうでしょう。もう一度食べたチョコレートは、身体やそれこそ魂の中まで溶け込んでしまいそうなほどに本当に美味しかったので、彼の口の中は甘美な味と蠱惑的な香りに包まれています。その甘美で蠱惑的な感覚が彼の神経をくすぐらせました。チョコレートの猫が、彼の神経をまるで毛糸玉を転がして遊んでいるような感覚です。最初は心地よかったのですが、口内に広がっている甘さや匂いが徐々に消えていき、だんだんとねばついた腐敗臭が喉の奥から漂ってきました。
死臭にも似た臭いを溜め息に、チョコレートの猫は自分の中でいなくなってしまったとポーは嘆きました。やはり司書のように愛おしい物を自身の中に取り入れて一緒になることは彼にはできませんでした。どちらかが先に死んでしまうのです。
ポーは入れ直した温かな紅茶を飲みましたが、何故か喉が詰まるほどに冷めた味がしました。身震いをしている彼の顔を伺った司書は食べ足りないのかと思い、食堂からお菓子を持ってくると言いだしました。
「乞食のように扱うな。貴様のように人の皿を見てまで腹を空かせてはいない」
彼女は顔を赤くしたまま、その場に留まってしまいました。実際食い意地を張っているように見えて、本当はチョコレートにあまり手を伸ばさない彼を心配していました。恐る恐る口に合わなかったかとポーに尋ねますと、不味くはないと正直に答えました。ああ良かったと胸を撫でおろした彼女は、まだ彼の皿の上に載っている猫のチョコレートを眺めてある物語を思い出しました。
小さなきょうだいのお話ですが、ふたりの名前を思い出せませんでした。「適当でいいだろ」と早く話を進めてほしいポーに言われますとあることを閃きます。上の子には司書の名前を付けて、下の子にはポーの名前を付けてあげました。やっとお話が始まりますと、彼は自分の名前を何度も呼ばれるのでつい耳を傾けました。
――上の子が下の子の誕生日の為に猫のチョコレートを買ったけれど、誕生日を待ちきれずにチョコレートを全て食べてしまいます。
ポーは司書の素話を大変興味深そうに聞いていました。物語の内容よりも、自分の名前を使って語ってくれているのがとても嬉しく、彼の名前を言われる度に大層機嫌が良くなりました。それに物語の中では、二人が家族になっているので彼女に対し親しみをより覚えます。名前を変えても彼女の素話は滞ることなくすらすらと話が進み、穏やかな波の上を泳いでいるような心地さえしました。
――チョコレートを食べてしまった上の子が下の子に謝ろうとした次の日、飼っていた猫が子猫を産みました。ちょうど上の子が食べてしまったチョコレートと同じ色の黒い子猫が産まれたのです。この子猫が下の子の誕生日プレゼントになり、物語は無事に終わりました。
