彼は気に入ったと声を上げて笑いました。上機嫌になって残っていた最後の一匹の猫のチョコレートを司書に渡しました。上手に話をしてくれた彼女へのご褒美です。
咄嗟に起こした行動ですが、もしかしたら物語の中の少女と同じように自分も失敗をしたら、彼女なら本当に猫を産んでくれる、そんな可笑しなことをポーは期待していたと後に気づきます。彼女の中に母親を見出したのです。もしも彼が何かに失敗しても、きっと彼女なら責めたりもせずに優しく慰めてくれる、そんな甘えがありました。
司書はお礼を言ってからチョコレートを受け取り一口で頬張りました。今まで食べたどのチョコレートよりもうんと美味しそうに食べています。
「そんなに私から与えたものが嬉しいのか」とポーは思わず尋ねました。楽し気に大きく頷く彼女に彼は笑みをこぼしました。再び彼の神経が震えます。頭の裏側から胸の奥まで、果ては魂の中まで歓喜に震えていました。ようやく分かった気がしたのです。同じ物を食べ合って、身も心も一緒に居られる喜びを見つけました。
司書は一口でチョコレートを食べてしまったので上手く飲み込めず咳き込んでしまいました。でも紅茶を飲んだら落ち着いたので、ポーはさほど気にしませんでした。
*
お茶会の一件から彼の機嫌の良さが続いていますので、司書に何か贈り物をしようと詩を書きました。胸の内から沸き上がる感情がポーの創作意欲を刺激させます。ちょっとした贈り物として書いた詩でしたが、良い具合に言葉が絶えず溢れ出る海の泡のように浮かんできますので、彼なりのこだわりを出したくなりました。
詩を納得いくまで仕上げてから司書に贈りましたが、残念ながら彼女は英語に理解があっても、筆記体で書かれた英文を読むことはできませんでした。しかも彼のこだわりである詩の秘密に全く気付いてくれません。
詩を仕上げるまでの間、言葉の中に潜む秘密を彼女なら解き明かしてくれるとポーは信じて疑いませんでした。彼が見つけた彼女の中にいる母親なら絶対に分かってくれると信頼していましたが、夢を見過ぎたのでしょう。機嫌が良かったのもここで途絶えてしまいました。
静まり返った神経は何も響かず、彼女がこの詩はなんと書いてあるのかと尋ねてくる声にも適当に答えるのでした。
「教えてやっても良いが、貴様には分からないだろう」
元来優しい性分でいるポーは教えを請う司書を無視できず、詩の内容を話そうとしました。話そうとしたのなら正直に話せばいいのですが、彼のもう一つの性分である天邪鬼がそう簡単には素直に心を開いてくれませんでした。もう既に詩の内容から話は脱線し、彼自身さえ何を話しているのかさっぱり分かりません。
それでも司書はポーの話を真剣に聞いていました。彼女も何を聞いているのか分かっていませんが、きっと聞き続けていけば彼の言いたいことが分かると信じているようです。
ポーは延々と自らの話をして、司書が怒りのままに彼の前から立ち去る姿を想像していましたが、彼女の真っ直ぐな瞳を見て、ようやく話を切り上げました。彼女の瞳を見つめながら、ずっと話をする自分の愚かさに呆れてほしいと願っていましたが、彼の方が先に呆れてしまいました。司書は彼と食事をするだけではなく、ただ一緒にいることが楽しいのだと嫌でも気づいてしまいました。そうして、また彼女の中にいる母親を見つけ、愚かな自分を許してほしいと彼女の手にすがります。
司書は話すのに疲れただろうと彼の手を触れて休むように勧めます。実はポーの話を聞いている内に、睡魔に襲われていました。危うく夢の中へと入ろうとしたところ、彼の冷たい手を触って目を覚まそうとします。すっかり指の先までぽかぽかと温かくなった彼女の手は、ポーの手に冷まされて心地よさそうです。
何度も撫でられるので司書の温もりがポーの神経を巡り、やがて胸の中が震え出します。まだ話せると彼は唐突に司書に贈った詩を読み上げました。ポーが発する威厳に満ちて自信にも溢れた声が彼女の心までよく響きます。けれども、彼は自信がないように顔を俯きます。
彼女の手を見て、今までポーの手を触れてくれた女性たちの顔を思い浮かべました。親しい義母や最愛の妻、優しい友人たち。どんなに多くの女性の顔を思い出しても、若くして亡くなった母の顔を思い出すことはできませんでした。
詩を詠いながら懸命に母の顔を思い出そうと虚空を見つめます。どんなに思い出そうとしても、ポーに宿った記憶の歯車には母親の姿がありません。だから、母の面影を追う作品ばかり歯車となって彼の魂を冷酷に絡み合います。
